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2022.4.13

『ニューカペナの街角』独占先行公式プレビュー「真夜中にとける」

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『ニューカペナの街角』独占先行公式プレビュー「真夜中にとける」

『ニューカペナの街角』独占先行公式プレビュー「真夜中にとける」

※本記事は『ニューカペナの街角』の二次創作になります。

雑に入り組んだ夜の街には必ずたまり場ができる。

真夜中から溶け出した何かが野犬の遠吠に運ばれ、外壁のひび割れに染み込んだ血の匂いに誘われて特定の場所に たまる ・・・

このカルダイヤの片隅に位置する路地裏もその一つだ。


水路から立ち込める瘴気が都合の悪いものを覆い隠し、善良な市民は眉を顰めて決して近付こうとしない。つまりその場所は そういうこと ・・・・・・ にうってつけであった。
廃棄処分、秩序の維持、ロング・グッドバイ――連中は邪魔者を排除する行為をそういった装飾で包み込んで表現することを好む。

それが当たり前になったニューカペナの しきたり ・・・・ に長く染まり過ぎると、時折何が罪なのかがわからなくなって気が狂いそうになる。


後方から放たれた火花が青年の肩を掠めた。火花が何を焦がしたのか眺める余裕など無い。その火花が本来黒焦げにしたかったのが、今まさに路地を駆けずり回っている青年であることだけは疑う余地が無かった。
どこからか漏れた油に足を滑らせて破棄された鉄くずの塊に身体を酷く打ち付けた。すぐに立ち上がり、慌てふためいて飛び出したドブネズミの尻尾ごと地面を蹴った。
瓦礫の間を潜り抜け、汚れた看板を倒しつつ青年は路地裏を逃げ回る。そして入り込んだ袋小路で青年は足を止めた。

道中で裂けた衣服からじんわりと血が滲むが、胸を突き破りそうな心悸がまだ生きていることを教えてくれた。


息つく暇も無く青年の周りを大勢のならず者が取り囲んだ。人間、レオニン、ヴィーアシーノ。種族に統一感は無いが、獲物の逃げ道を塞ぐ絶妙な間隔で取り囲む様は、さながら統率の取れた狼の群れのようだった。連中はこのニューカペナで孤立しないことの大事さを誰よりも理解していた。


「どういう風の吹き回しだ」


取り囲んだ連中の中から背広を着た大柄な男が姿を見せた。
人間でありながらレオニンのような猫背、人間でありながらヴィーアシーノのような鋭い瞳、人間でありながら持つべき人間性は全て売り払っていた。


「お前は今夜9時に回収したブツを俺のもとへ持ってくるはずだった」
大柄な男は青年が小脇に抱えた小袋に一瞥してそう言った。


「それなのに半刻経ってもお前は姿を見せやしない。それどころか大切な仕事仲間の顔を焦がして おねんね ・・・・ させたそうじゃねえか。俺はお前の仕事熱心なところを買っていたんだぜ?ガッカリってやつだ」

「……2日前だ。人間の女が一人、ここで殺された」
青年は汽車のように酸素を求める肺を宥めながらゆっくりと口を開いた。

動悸はまだ治まる気配は無く、擦りむいた傷口に刺さったガラス片の痛みはまだわからないが、頭だけは冷気魔法で冷やしたワイングラスのように澄んでいた。


「この近くのバーで働いていた女だ。酔った連中に絡まれて、そのまま朝には冷たくなっていた……俺の妹だ」


「アー、ハン?」
大柄な男は目を左上にぎょろりとさせて何かを察したらしい。


「そいつは残念だったな。だがそれだけだ。ここではそういうこともある。俺が 起きている・・・・・ということは俺の寝首には届かなかったらしい。それでせめて取引のブツを盗んで一杯食わせたかったようだが、この通りそれも失敗ってやつだ」

大柄な男は獲物を前にした野生動物のような汚い笑みを浮かべ、それを聞いて取り巻きのならず者達も野卑な言葉を青年に吐きかけた。


「何を勘違いしているんだ」

大柄な男がならず者達に狩りの合図を送ろうと手を上げきる前、青年はそう言い放って抱えていた小袋に入っていたものを口に流し込んだ。地面に叩きつけた袋の口から僅かに光が漏れた。


「俺はお前たちをここに誘い込んだんだ。まとめて葬れるようにな。俺の怒りをくらえ。妹の無念を、今ここで晴らす」

青年の声に力が籠もる。青年から溢れた魔力がバチバチと音を立て、泥まみれの衣服を焦がし始めた。彼は火花魔道士の端くれであった。


頭数を揃えて大勢で取り囲むのはニューカペナのビジネスで好まれる定石の一つだが、怒りに燃えてなりふり構わなくなった火花魔道士を相手にする際の手段としてはお世辞にも効果的とは言えなかった。
青年の瞳が煮えたぎる溶鉄のような怒りに染まっていく事に気づいた大柄の男は、以前どこかの酒の席で聞いた屍体を火薬樽に変える話を思い出し――真鍮製のバネのように踵を返した。



《死体の爆発》


術者の憤怒に呼応して爆炎は袋小路を瞬く間に飲み込んだ。

爆発は爆発を誘い怒り狂う。逃げ惑うならず者達を食らい尽くし、食事に満足した頃には辺りは筆舌に尽くし難い悪臭と、月明かりに照らされて末紫色になった煙が立ち込めていた。




―――周辺が落ち着きを取り戻した頃、よろよろと力無く青年が立ち上がった。

服についた煤を払い、深く静かに息を吐いた後、溶けるようにカルダイヤの路地に消えた。


遠くで鐘の音が鳴り夜が深まる。先程の喧騒すらも飲み込んで何事もなかったかのようにニューカペナの夜は全てを覆い隠していった。

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このコラムのライター

めぐすけ

めぐすけ