遠くで翼竜の鳴き声が聞こえる。
羽虫を手で払い除け、ぬかるみを避けて歩く。イクサランのジャングルに気を抜いていい場所など存在しない。
「良い金儲けの話があるんだが人手が欲しい。人生終わりかけでお先真っ暗な面をした奴がうってつけ。そうだ、お前だ」
それがウェインの誘い文句だった。
危険な冒険になるのは確実。途中で怖気づいてとんずらこくような人生に希望があるやつはごめんだそうだ。
ウェインが鉄面連合の連中からくすねてきたボロ布――奴は「宝の地図」と呼んでいたが、仲間(と私は思っていた)連中に裏切られ、借金取りに追われる生活にうんざりしていた私の首を縦に振らせるにはそれは十分な代物だった。
元薄暮の軍団の吸血鬼とは思えないほどウェインは胡散臭い奴だったが、オテペクの警備隊を騙して路銀を調達するしぶとさと恐竜の目を掻い潜り食事の卵を手に入れる強かさは頼もしさすら感じた。
目的地を目指して10日ほどが経過した。川守りも近寄らないような陰鬱としたジャングルの奥に目的の洞窟は確かに存在した。
入り口を塞ぐかのように絡み合う蔦を松明の炎で焼き切り中へと進む。泥の中を進むような息苦しさと、何かに見られているかのような不快感は下へ下へと続く洞窟を進めば進むほど増していった。ボロボロのブーツが時折踏み砕く乾いた音の正体は考えないことにした。
前を歩いていたウェインが足を止めた。
「ここだ」
松明の明かりで開けた空間に出たことは感じ取れた。
うっすらと前方に見える建造物からここが神殿のようなものであると推察した矢先、突然周囲が青白い明かりに照らされた。
我々の存在を感知して魔法の篝火が灯ったようだ。自然の産物ではない大きな力によって形作られた広大な空間、周囲を明るく照らす篝火は我々が歩いてきた洞窟、もとい神殿までの通路の遥か先まで続いていた。
「おい! 見ろよ!」
ウェインが興奮しながら足元に落ちていた何かを拾い上げた。泥まみれではあったが金の首飾りだった。宝は本当にあったのだ。
だがウェインは気づいていない。首飾りの先に付いている白骨化した手首、そして中央にある建造物の上―姿は見えないが確かに存在する巨大な何かに。
とはいえ宝を求めてここまで来たことに変わりはない。私はウェインと共に周囲に散らばる宝を集めて鞄にしまっていった。何か悪いことが起きる前に用事を済ませてしまおう。
「こんだけ明るいんだ。もうこいつは不要だな」
そう言ってウェインが持っていた松明を地面に放り投げた時に事は起こった。
地響きと共に篝火の炎が揺らいだ。
慌てて中央の建造物に視線を移す。しかし見えない何かが動く気配はない。
変わりに別の化け物が姿を現した。
道中に襲われた恐竜が可愛くみえるほどおぞましい姿をした化け物は、手なのか足なのかわからない腕のようなものを動かして岩の隙間から這い出てきた。
化け物がこちらを一瞥したかと思うと、突然、腐って所々穴が開いた貝笛のような叫び声を上げた。
驚いたウェインが腰を抜かす。腰紐が千切れてぶら下げていた火起こし道具が近くの水たまりに落ちた。
再度地響きが起こり、心なしか篝火が弱まったように見えた。何にせよ眼の前の化け物が我々に危害を加えないという期待などするだけ無駄。踵を返しもと来た道へ駆け出した。
ウェインも同様に手にした宝を抱えて走り出す。案の定化け物は我々を追ってきた。何本あるかわからない腕を伸ばし襲いかかってくる。
行きは暗くて気づかなかったが、あたり一面夥しい数の白骨化した死体が転がっている。それらを蹴飛ばして命からがら化け物の攻撃を回避する。何度も転んで傷だらけになりながらもとにかく出口を目指した。
ウェインは威嚇しようとしたのか、手持ちの望遠鏡を化け物に投げつけた。化け物が怯む様子は無かったが、再び地響きが起きた。
私はある違和感に気付いた。
持っていた宝を一つ手放す。何も起きない。
今度は被っていた帽子を投げ捨てた。地響き、そして一段と力を失う篝火。
違和感は確信に変わった。ウェインに伝えなければならない。ならないがまずは先を行くウェインに追いつかないとすぐ後ろの化け物に食い殺されてしまう。私は手に持った松明を握りしめた。
出口は近い。ウェインは行きに掛けた簡素な梯子を登りきったところだった。
「これ以上持ち物を手放すんじゃない! この神殿は侵入者が落とした持ち物に反応している! これ以上はまずい!」
私は梯子を登りながら叫んだ。
予想に反してウェインの反応は薄かった。私の忠告を意に介さず、ウェインが自身にとって最善の方法を選択する姿が見えた。
梯子を固定しているロープは今まさに切り終えられたところだった。
バランスを崩し梯子が倒れる。私はまた利用されたのだった。
「助かったぜ。あばよ」
落下の瞬間ウェインの声が聞こえた。勢いよく地面に叩きつけられる。篝火の炎が完全に消えて周囲が暗闇を取り戻した。
次の瞬間、神殿の奥から何かが動き出したのを感じた。
予感は的中した。我々が持ち物を落とすたびに篝火の炎が弱まる一方で中央にいる何かの気配が強まっていたことにウェインは気付いていなかった。
炎は消え何かの封印は解かれた。私は落下の痛みに耐えながら死を覚悟したが、何かは悪夢のような金切り声をあげながら私の存在など意に介さないかのように頭上を越えて洞窟の出口へと向かっていった。
気付けば我々を追ってきた化け物も姿を消し、辺りは静寂に包まれていた。
それから私は持ち帰った少量の宝を売ってなんとか生きながらえている。ウェインがどうなったかは知る由もない。
一つだけわかることは、あの恐ろしい何かは外の世界へ解き放たれてしまったということだ。