僕の1991年はあっという間に終わり、というか、高校1年生という何もかもが初めての時間というものは自分の立ち位置すらはっきりと把握できない若者が、どこに立ったらいいんだともがき苦しんでいるうちに消え失せていく性質があるようだった。
なぜそんなことに思い至ったかというと、家族が集まったリビングで、毎年同じ内容の正月番組を眺めているうちに、もっと何かあったんじゃないかと思えて仕方ない時間について惜しいという気持ちがやっと湧いてきたからなのだ。
立ち上がって、自分の部屋へ歩いていく。机の上につけられた書棚に並べられていた数学Aの教科書を取り出して、パラパラと眺める。教科書が確率の問題を論じているとき、僕が突き付けられているのは、このままの青春が何も無いままに過ぎ去っていく確率である気がして仕方なかった。
数学の時間、ガタガタと並べられた机に座っている生徒たち、そして……そして……僕の目にいつも写っているのは、早宮……。
彼女は、クラスの中でも特別な存在感を放っていた。綺麗な黒髪、その毛先はまっすぐに切りそろえられ、動くたびにサラサラと揺れている。少し高い背とややもすると華奢な印象さえある体型、そして大きくはっきりとした瞳が射抜くように黒板を見つめている。
僕のような普通以下の人間が彼女を意識することすらおこがましいという気もするが、高校生というものはおおよそ無謀であるものなので、彼女への憧れを消すということなく、この年始までぼんやりと過ごしてしまったものであるのだ、わはは。
わははではない。
まあ、と思う。数学のときにだけ同じ教室に座ることができる彼女のことを思いながらも、青春という一瞬の輝きを無駄にしないために過ごすにはどうしたらいいものかなと《思案》する。
とりあえず、数学の勉強でもするかと教科書を開いた。悪戦苦闘の歴史が僕にのしかかってくる。確率が、僕に次の一手を指すことを迫っていた。
春になって、2年生に進級したとして、一番最初にやってくる楽しみとはなんだろうか。それは間違いなくクラス替えであり、逆に言うとそれくらいしか楽しみなんて無いのである。
学校の前に続いている緩やかな坂を上りながら、かすかな予感に僕の心はさっきから震えっぱなしなのである。
さあ、こっちにおいで、怖くないから。やだ、そんな事言って、またいつもの友人たちと同じクラスで、女の子は別に可愛くないんでしょ! わかってるんだから。僕の心は子犬のように怯えて心の片隅に逃げ込んでしまっていた。ところでチワワなどの小型犬などは、子犬のように見えてアレで成犬なわけだから、成人してなお震えているってわけなんだ。だからなんだって?
こういうとりとめの無い考え事をしてないと、彼女と違うクラスになったとき絶望に押しつぶされてしまうかもしれないだろ!
そんな恐怖心と希望と戦いながら、登校口の前に張り出された紙の前に着いてしまった。
ああ、私のクラスよ。もうこうなったら2年生全員を詰め込んでくれて構いません。僕は、早宮と同じクラスに居たいのです。
そこでやっと、僕の心はすっかり、彼女に奪い取られてしまっていたことを自覚した。
放課後になって、僕は数学IIの教科書に教えを請いながら、ノートへ必死に呪文を書きつけていた。あまりにも難しくなった数学に《むかつき》を覚えながらも、僕は必死に勉強した。なぜ勉強なんだ。早宮と仲良くなりたいと思うなら、もっと別のことをやらなければならないのでは?
もちろんそうだろう。しかし、青春というあやふやなものの中に放り出された僕たちは、何をそんなに知っているんだろう。数学ですらはっきりとは分かりはしないのに。小野小町もそう言っている。
「まだいたんだ」
夕日が差し込む教室で、その声が僕の耳に届く。
「まあ、数学はなんとかしたくて」
虚しい言い訳が僕の口から転がり出てくる。同じところから飛び出してきそうなのは、心臓の方だ。
「マジメだからってわけじゃなさそうだね」
君に会えるかなと思ったから、とは口が裂けても言えるまい。
「早宮こそ、なんで教室へ戻ってきたりしたんだ」
何かを覆い隠すように、僕は質問をする。
「こんな時間に何かを頑張っている人がいるんだなーって思って」
「頑張っては無いと思うけど」
「さあ、どうでしょうか」
再び同じクラスになってから、僕は早宮と言葉を交わすくらいには、関係を構築できていた。
「早宮は部活はやらないのか」
「私、写真部だよ、一応」
「カメラをもって写真を撮って歩いている姿を見たことが無いんだけど」
「それは君の観察力が足りていないだけ。私はカメラをもっていない、だから写真部だけどカメラを使って写真を撮って歩いていることが無いだけ」
「写真部は備品のカメラも無いのか」
早宮はクックッと、押し殺したような笑い声を立てると、意味深な笑みを見せる。
「写真部だからと言って、写真を撮っているとは限らない」
「部活は青春の代表的な要素だろ」
「君は青春オタクだね」
「青春オタクではない。ただ、今という時間を有意義に過ごすにはどうしたら良いか思索しているだけだ」
僕の物言いにも嫌な顔をせずに早宮は続ける。
「今という時間は、今しか無いと思っているけど、時間というもの自体が随分あやふやに存在しているんじゃない? 君の言う青春は、きっと今じゃなくてもあるんじゃないかな」
僕は、自分の考えにだってはっきりと責任は取れないと思っているくらいフワフワとした思考の中にいるが、それでも
「今、青春を有意義に過ごさなきゃという決意がなかったら、いつまでも青春なんか来ないだろ?」
「そうだね」
どこか寂しい笑顔をして、早宮が僕に答えた。
ジー、ジ、ジー。
頭の上から、蝉の声が僕の耳に染み入ってくる。出ていってくれ! そうは行きません。だって夏だから。
「何か、難しい顔してるね」
「いや、暑さに慣れないなと思って」
「北国の出身だっけ」
「ずっと、九州だよ。だいいち、北国でも夏になれば暑いと思うけど」
僕は自転車を押しながら、隣を歩いている早宮を見る。夏服になった制服は、白く輝く半袖セーラー。腕が焼けるからと、彼女はストールを一枚羽織っている。
「図書館へ入れば、涼しい部屋と机が待っているじゃない」
「まあ、そうなんだが」
――二年生の夏休みが始まると
「ねえ、夏休みどうするの」
いつもの放課後、早宮が僕へ聞いてきた。
「特に何かということは無い。でも、図書館にでも通うかな」
「君は勉強が好きなの?」
「いや、好きじゃない。でも、図書館はエアコンがあるから」
「ふうん」
「なに?」
「そういうときは、『一緒に図書館にでも通いませんか。』って言うもんじゃないの」
早宮は、僕の心を見透かしたようなことを言う。それとも、僕の心は透き通っているのだろうか。
向こう側が見えるくらいに。
「貴重な青春の時間を一人で図書館で過ごすのは、無駄遣いじゃないの?」
「『一緒に図書館にでも通いませんか』」
「『良いですことよ』」
フフ、と彼女が笑顔を見せる。僕は笑顔にぎゅっと心を握りつぶされるような気がした。
「どこかにでかけたりしないんだ」
「うちは、お父さんが忙しいから、休みのときもでかけたりはしないの」
色々と話すうち、彼女はポツポツと自分のことを僕に打ち明けてくれるようになった。自分の家の事、家族の事、好きなこと、嫌いなこと、過去の事、未来のこと。
僕は彼女に何が返せるんだろうか。
――ねえ、
「さっきから黙りこくってしまって、困りますことよ」
「この暑いのに口をパクパク動かす方がかえって難しいよ。さあ、着いた」
図書館のロビーには、画面サイズの大きいテレビが置いてあった。多くはないが、何人かの人がテレビを見ている。
「未来人あらわる」
「富士裾野に未来人のタイムマシン」
ここのところ、ニュースを賑わしている未来人の話題だ。
「またやってる」
早宮がつぶやくように言った。
「そうだね。本当に未来から来た人なのかな」
「さあね、でも未来なんて碌なものじゃない気がする」
いつか見た、あのどこか現実離れした顔をして早宮は答えた。
「さあ、二階へ勉強しに行きましょうじゃないの」
「そのへんな喋り方やめてよ……」
「これが面白いんじゃない」
早宮の知らなかったところが、また僕の前に現れる。
今日、男の人と歩いている早宮を見た。
突然それは現れた。
黄金の身体が太陽の光を反射し、まばゆいばかりにきらめく、コウモリのような皮膜が張った大きな翼が羽ばたくと、現代技術の粋を集めて作られたであろう大きなビルがギシギシとひび割れる。
竜のような頭が3つ、長い首が3つ、それぞれ右左を睨みつけ、その異様さを増していく。
福岡の空に急に現れたそれは、ぐるぐると空を飛び回った。
刹那、口からは目を焼くような黄金の光が放たれ、稲妻のような軌跡を描いて地上に降り注いだ。
最新鋭のビルも、歴史的建造物も、すべてのものがその存在を否定されるように、ひび割れ、爆発する。
地面に降り注いだ光を起点として、地面そのものが持ち上がったかと思うと、次の瞬間には礫となって、地上に降り注いだ。
人々は逃げ惑い、逃げ惑う人たち自身が二次災害を巻き起こす。
倒れた人につまづき、将棋倒しになる人たち。橋の上で押し合いになり、川へ転落してしまう人、ありとあらゆる最悪が人々に降り掛かった。
僕は、半分崩れてしまい、空が綺麗に見える自分の部屋の前で、
生まれて以来、一度として味わったことのない無力感というものに打ちのめされていた。
何が青春だろう。
家も半分無くなってしまって、父が帰ってくる気配がなくて、そして泣いている母と妹がいる。
時間が戻せるのなら。
あの無意味な決意をした正月へ巻き戻して欲しい。
いや、もっと前、高校に入ったときでも良い。
空を覆い隠すようなアレに比べて、人間というものはなんとちっぽけなもんだろう。
家を元に戻してくれたら、父を無事に返してくれたら、みんなが元通りの明日を迎えられるようにしてくれたら。
どうしようもない現状に、打ちひしがれるばかりだが、家にずっと居ても仕方なさそうだった。
ずっとふさぎ込んだ母のことを中学三年生の妹に頼み、僕は街へ行ってみることにする。
何も無くなっている。
いや、あるにはある。でも、あるのは深い傷跡ばかりだ。
駅の前の意味不明な銅像。商店街の中にある安いカラオケボックス。うちの生徒たちでいつもごった返していたゲームセンター。
……。
いつも通っていた図書館、緩やかな丘の上にある学校、夕日の差し込んでいた教室、人生で初めての大きな喜びを感じた登校口。
すべて、時間が遠く過ぎ去ったようにその姿は崩れ去り、いつまでもあると思っていた今はもうそこには無くなっていた。
家族のために街へ出てきた僕の頭の中をいつの間にか支配していたのは、早宮、君のことだけだ。
僕は走り出す。
二人で歩いた図書館への道、いつか見かけた商店街のアーケード、良いよねといつか言っていた埠頭、とめどもない。どうして、僕はどうしたらいいんだ。
傾き始めた日差しを見ながら、僕は小高い丘へ登る。長い髪が風に揺らされて、ベンチの上に座り込んでいる早宮を見つけた。
「ここね、街がよく見えるから好きなの」
僕が話しかける前に、早宮が話しだした。僕に話しているようにも、そうでないようにも感じるその言葉を続ける。
「一人になれるから」
膝の上に置いていた頭を上げながら続ける。
「私、ずっと寂しかったのかもしれない。友達だっていないわけじゃない、でも、みんなどこか距離を置いてる気がした」
僕はゆっくり、早宮の隣に座る。
「お嬢様だって、お金持ちだって噂だけが独り歩きして、私は普通だと思ってたけど、ううん、わからない」
膝を両腕で抱き寄せる。
「男の人だって、なんか近づいてくる人はみんな、私のことを値踏みするような目で見るの。私の価値はいくらかって、見通そうとしてる」
夕日はあの時と同じように早宮の寂しそうな笑顔に影を落としている。
「お金持ちだって言っても、あの怪獣が全部壊しちゃった。お父さんの会社も、私の家も、学校も」
「そしたら、私にはもう価値は無いのかな」
目を開けようとする僕に、夕日は容赦なく西日を浴びせかけてくる。
「僕だって、君のことをずっと値踏みしてたのかもしれない」
「……。」
「青春は、恋愛だってどこかで決めつけて、君のことを好きになろうと頑張っていたのかも」
早宮はまた、膝を抱えてふさぎ込んでしまった。
「だけど……。いや、本当は、怖かったんだ。君のことが好きだという気持ちと、君が僕のことを好きじゃないと言われる事と、戦ったら僕は潰れてしまう」
「……。」
「でも、僕はここに来た。ここにいるって確信があったんじゃないんだ。あちこち探した。思い出の場所、思い出のない場所、たくさん探した。途中でやめられなかった。それは」
「それは?」
「もう、僕には、君がいないとダメだって証拠なんだと思う。友達の顔をして過ごしていたけど、心の中では、君の気持ちが知りたくて仕方なかった。でも、怖かった。ずっと、君は僕よりも素敵な人だから」
「もう、何もないよ」
「何かがあるから好きになるんじゃない。何もない時間をたくさん積み重ねたから、僕は君が好きだって気がついた。好きだ、早宮さん、僕と付き合ってください」
いつの間にか、早宮は顔を上げて僕のことをじっと見つめていた。
「怪獣がすべてを壊して、何も無くなってから言うことじゃないんじゃないの」
「お互い何か持っていたら、僕は怖くて何も言わないまま終わったと思うよ」
「それもそうかもね」
早宮の手が僕に重なる。
暗くなった道を二人で歩いているとき、時間というものは、何かを積み重ねることで形作られていくということが僕の頭のなかでぼんやり理解されていくのを感じた。
―了―
なんでイコリアが発売されたときにこの記事書いてなかったんですかって話ですが、イコリアが発売されたときは私はまだ別にライターになってなくてただのオタクだったんで、イコリアは面白いエキスパンションだなあとは思っていて、友人たちとシールド戦をして遊んだりはしていたんですが、まさかそのクリーチャーで統率者デッキ組んで、それを紹介するだなんて全然思ってもみなかったんですよね。(7秒)
見てくださいよ、このキングギドラのアート!!
ハチャメチャに格好良くないですか?
キングギドラの特徴である3つの首と大きく膜が張ってあるようなデザインの翼、そして首から放たれている黄金の引力光線!
すべてが素晴らしいですよね。
しかも背景となっているのは不安を煽るような暗雲。
キングギドラが登場するときって、赤い炎が燃え上がってその中からだんだん実体が現れるような演出だったりするんですが
この黒雲の中に飛んでいるキングギドラも良い!
自分で破壊した街の煙なのか、嵐の中から飛び出してきたのか、想像の翼がバッサバッサしてどこかに行ってしまいそうです!
フルアートというこのカード全体を使った表現で魅力が最大限振り切っているカードだと思いませんか!?
そして、このキングギドラのデザインをよく見てみるとわかるんですが、竜のような頭のところを注目してみてください。
角が生えている後頭部から首にかけてはツルッとしていますよね。
これ、「ゴジラVSキングギドラ(1991年公開の映画)」で登場したキングギドラの特徴の一つなんです。
そもそもキングギドラって昭和ゴジラと呼ばれる初期のゴジラ作品に初登場した怪獣で、最初の登場は「三大怪獣地球最大の決戦(1964年公開の映画)」だったんです。
昭和ゴジラと呼ばれる昭和期のシリーズのキングギドラはこの後頭部にたてがみのようなフサフサが生えているデザインでした。
そのデザインもキングの名に相応しい、非常に良いデザインなのですが、時代も平成となり、過去怪獣がリファインされる形でデザインし直されスクリーンに登場しました。
それが、この「ゴジラVSキングギドラ」のキングギドラです。
いやあ、素晴らしい。超然とした破壊神めいたこのデザインはいつ見てもしびれますね。